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わが国最初の孤児院創設者 石井十次

石井十次の肖像画

天は父なり 人は同胞なれば   
   互いに相信し 相愛す可き事
石井十次

 十次物語     年譜

 現在のような豊かな時代とは違い、「福祉」という言葉さえ定着していなかった明治20年に、22歳の若さで孤児救済の事業に着手した人物がいた。彼は岡山孤児院を創設し、さらに大阪の愛染園託児所、郷里の宮崎県に茶臼原孤児院などを経営し、日本における社会福祉事業の先駆者としてその生涯をささげた。 彼の名は、石井十次( いしい じゅうじ )

 石井十次は、l,865年(慶応元年)4月11日、宮崎県児湯郡高鍋町馬場原こゆぐん たかなべちょう ばばのはるに生まれた我が国の児童福祉の先駆者。
 食べさせるだけではなく、労働を通じて教育をすることが大切であるとの信念のもと、実に3,000人を越す孤児救済に生涯を捧げた。 石井十次は、最初から施設を、「教育院にして養育院にあらず」と言っている。

 「社会に出て社会に貢献する活力ある人物を輩出せしむる」という、非常に積極的な教育観を持っていた。岡山にも茶臼原にも私立の小学校を作ったのは、その表れである。能力ある児童は、上級の学校へも進学させた。

 また、「時代教育法」というものも考えていた。 少年を、第一幼年時代(10歳以下)、第二少年時代(10歳より15歳まで)、第三青年時代(16歳より20歳)の三つに区切り、幼年時代は、茶臼原の「天然界に自由自在に遊戯せしめ、専ら力を体育に注ぐ」。 少年時代になると、「身体壮健」になった少年たちを岡山に連れ帰り、「教育」を授けるというものだった。

 さらに、大阪にも分園を設け、夜学校・保育所等の隣保事業も行った。大阪の事業所は現在、社会福祉法人 石井記念愛染園 として、病院・保育所等経営している。

十次物語     年譜

資料・協力 : 財団法人 石井十次顕彰会 、社会福祉法人 石井記念友愛社
Copyright© 2005 財団法人石井十次顕彰会、社会福祉法人石井記念友愛社

ページ管理者 PAL-NET 川添和良 (宮崎県高鍋町)

 

 

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